BLOG1377

自分の内側を向いた視点の文章をまとめたり追加したりしています。

映画「ハクソー・リッジ」を観る前と後の話

まず、観る前のツイート。

めっちゃ気楽な感じ。 ただ、一応、なんというか、すごく重い気分になるだろうなとは思ってた。 思ってたけど、でもまぁ、戦争映画でしょ、みたいなそんな気持ちだった。

上のツイートは最初のツイートより前に呟いてたものですが、その後に銀魂映画も見たいなぁ〜とか、Apple Pencilのことについてあれこれしてたのでちょっと覚悟が薄れたのかもしれない。

そして観た後の連続ツイートがこちら。

観終わってトイレ向かいながら書いたツイート。この4文字に尽きすぎた。

微妙に手が震えてるような、妙に力が入らない状態でフリック入力するとめちゃくちゃ誤字る。 誤字るし、何度も書き直してるはずなのに誤字に気付けない。

  • 誤字の箇所

「まだしんどいけだ」→「まだしんどいけど」

「患者だけは」→「感情だけは」

戦争トラウマ

戦争トラウマ、という言葉をインターネット上で検索して説明しているのはこちらのページ。 WikipediaにはPTSDに関する記述の中に含まれています。

週刊女性プライム 沖縄戦体験者の深刻過ぎるトラウマ。「心の傷」は世代間でも連鎖

いまなお沖縄戦のトラウマに悩まされる老人たち 蟻塚先生の診察室からの報告

私がツイート中で言及している「戦争トラウマ」は、上の2つのリンク先から概要がわかります。 當山さんと蟻塚先生のまとめられた小冊子を拝読して以降、私の関心事のひとつです。 ここ数年親しくさせていただいている趣味関係のお友だちは、戦後生まれた30代女性ですが、彼女も戦争トラウマと診断されたそうです。 詳しくを尋ねることは気が引けて出来ていないままですが、小学校の頃から慰霊の日が近くなると戦争当時の白黒写真がパネルにされたものを大量に図書館に並べられていたことを思い出すと、強く受け止めてしまった人は戦争、戦場を体験していなくてもトラウマを持つかもしれないと思いました。 また、今回観た映画「ハクソー・リッジ」も受け手によってはトラウマを抱えかねないほどの強い表現を持った作品だと思っています。

さて、ツイートの続き。

少し補足。 私は大学時代に、沖縄に来る修学旅行生の平和学習に付いてガイドをするボランティアをしていました。 小学校の頃から沖縄戦について年に1回必ず触れていたこともあってずっと関心があったので、大学で沖縄戦について勉強しているサークル的な集まりや講義があり、それに参加していたのです。 旧日本軍や米軍の資料から沖縄戦を知り、実際にその現場を訪れてみるフィールドワークに何度も 足を運びました。 現在ある米軍基地や、当時使われていた壕やガマ(石灰岩でできている沖縄の島には風雨で自然にできた空洞があって、ガマと呼ばれています)に入ったりしました。 元ひめゆり学徒の方や元鉄血勤皇隊の方、他の学徒だった方々から体験談をお聞きする機会もありました。 体験談が出版されているものは勉強会で読んだり、資料と照合しながら足跡を辿ろうとした事もあります。 その時わかったつもりになって聞いていたいろんな「できごと」は、大抵はつらくて悲しくて痛くて苦しい話です。 聞いたり読んだり知ったりするたびつらく感じていたけれど、それでもやっぱりどこかわかっていなかったなと、映画「ハクソー・リッジ」を観て痛感しました。 もちろん、体験できない・したくないから、きっとお話くださった皆さんの言葉をその重みそのままに受け取ることはできないだろう、その記憶を語り継ぐべきだと思うけれど、どんどん薄まって行ってしまうんじゃないか、と考えていました。 今もそれは変わりませんが、それでもこの映画の中で描かれた前田高地での戦いのシーンは、怖くて想像しないようにしていた戦場をまざまざと見せつけてきました。

そして以下のツイートに続きます。

本当に、これに尽きる。 そして、実際に体験した方の1ミリにも満たないかもしれないけれど、感情が伴う今、下記の結論に至りました。

沖縄では、戦後に強制接収によって米軍基地が整備されていったり増設されていったりする過程、基地に所属する一部の米兵による犯罪が今も続いていることから、米軍基地が沖縄からなくなることを強く主張する人たちがいます。

基地があるから戦争に加担せざるを得ない(ベトナム戦争枯葉剤をまいた飛行機は沖縄から飛び立ちました。イラクに向けて沖縄から出立した米国兵士もいます)。 基地があるから米兵による犯罪によって泣き寝入りする羽目になる。 日本軍は沖縄住民を虐殺した過去があるから基地があることで攻撃されまた守られずに死んでいく羽目にになるかもしれない。 軍隊の性格上、人間でいることを放棄せざるを得なくなってしまう。そんな悲しい人をこれ以上増やさないためにも、世界から軍隊をなくすべきだ。

私が直接聞いたのは、そういう理屈でした。 私も同じように感じていたし、これまでの72年の間に積み重ねられたたくさんの人たちの悲しみや怒りを、忘れてはいけない、どうにかして今後に活かさなくてはいけない、と思っていました。 たぶん、ほとんどの反戦と反基地を訴えている人たちは、同じような気持ちを持っているんじゃないかと感じています。私が直接関わった人たちは、私が知る限りみんなそうでした。

ただ、ツイートでも触れているとおり、どこか、何かが腑に落ちていなかった。 今振り返ると、戦争だから仕方ない、軍隊という組織だから仕方ない、そういう時代だったから仕方ない、と切り捨てた上で1つしか選択肢がないという状態が嫌で、疑問を持っていて、ただその疑問が形になりきれなかったんだなとわかります。

ハクソー・リッジの中で、デズモンドは軍隊にいながら自分の信念を貫き通しました。 それは誰にでもできるようなことではなく、フィクションであれば誰もが「そんな風に貫き通すなんて実際の戦場では無理なんだよ」と思ってしまうような奇跡です。 でも、デズモンド・ドスという人は実在していて、映画の中で描かれた75人の負傷兵を助け出したこと以上に、映画で描いた時にフィクション以上にフィクションのようなことも成しました。 詳細はYoutubeに上がっているデズモンド・ドス_良心的兵役拒否者をご覧になるとわかるかと思います。 映画の最後で挿入されるドキュメンタリー映像は、この映画からの引用なのかな、と思います。パンフレット買ってないからわからないけど…。

そして私は私のことを考えます。

いやホントに疲れた。 すごく精神力を持っていかれる作品でした。 昨日見てから今までにいろんなことを考えた。 沖縄戦に関心を持ってから今まで、言葉にならなかったことも言葉にできた。 もう一度観るのはしばらく、もしかするとこれから先もないかもしれないけれど、でも観ることができてよかったと思える作品です。

戦場の描写がメルギブソンらしい生々しいものになっているので、そういうのがどうしてもダメな人や、戦争トラウマについて読んだ時に何かしら思い当たることがあった方には、観ることをお勧めしません。 ただ、自分で観るべきだと思ったなら、観た方がいいと思います。

5500文字も書いてしまった! 最後まで読んでくださった方がいらしたら、おつかれさまです、ありがとうございました。